2013年5月29日

ネギは九条(くじょう) 憲法は九条(きゅうじょう)

第1回 「九条の会」はこの9人

九条ポスター

「九条の会」を「くじょうのかい」と呼ぶ人がいます。勿論、それでもいいのですが「きゅうじょうのかい」の方がピンときます。上のポスターを見ていただくと顔を見てすぐ名前が出てくる(かどうかはわかりませんが)日本を代表する著名人が9名並んでいます。2004年6月この9人が「九条の会アピール」を出しました。このアピールは多くの国民の心をとらえ、各地で「九条の会」ができました。私たちの「宮前九条の会」もその一つで、2005年11月にスタートしました。九条は憲法九条です。

<第九条>

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

②前項の目的を達するために、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

この戦争放棄と呼ばれる条項の提案者が戦後すぐの首相の幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)だという説が今注目されています。戦前、外交官として軍縮交渉にあたった幣原は「集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群に似た光景-それが軍拡競争の果ての姿だ。」と語り、「世の中に軍縮ほど難しいものはない。要するに軍縮は不可能である。ただ唯一軍縮を可能とする方法があるとすれば、それは世界が一斉に一切の軍備を廃止することである。もちろんそれは不可能だ。ここまで考えを進めてきたときに、九条というものが思い浮かんだ。」と、九条を思い付いた背景を説明しています。幣原はさらに続けて「非武装宣言ということは、従来の観念からすればまったくの狂気の沙汰である。」「要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。誰かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことはできない。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。」と熱く語っています。

以来60年余、戦争では平和が作れないことはますます明らかになっています。その流れの先頭にある憲法九条の意味合いを幣原の言葉であらためてかみしめたいと思います。

次回のテーマは「国民は憲法を守る義務がないって、ホント?」です。お楽しみに。

 


若原 弘道

若原 弘道(わかはら・ひろみち)

1941年、札幌市で生まれました。定年退職後、東京から宮前区有馬に移ってきました。
2005年の「宮前九条の会」発足以来、事務局長を務めています。
趣味:学生時代から男声合唱をやっています。現在も大学のOB合唱団で歌っています。定年後、プロの声楽家についてボイストレーニングを受けていますが、声を出すことの難しさを痛感しています。現在「アリーノうたごえ広場」の司会・進行をやっています。そのほか、下手な俳句を作って「NHK俳句」に投稿したりしています。息子が小学生の時に「日本野鳥の会」に入会したのを機会に夫婦で家族会員になっていますが、最近はあまりバードウォッチングに行けないのが残念です。

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